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「ぼくのとこのラジウム風呂にはいってみるんですな
ひとつ金時計をくれてやろう」なに、それは調子のよい言葉だけのことだった。もう五つばかり貰っていてよいはずなのに、徹吉はまだ一つも金時計を所有していなかった。時計はどうでもいい。基一郎が二回の洋行をし、楡医院は青山の大病院となり、まして院長が代議士なんぞになろうと計画しだしたとき、徹吉はもう以前のように養父を尊敬の念だけで眺められなくなっていた。彼は養父の意に従い、精神科の医局にはいり、基礎的な学問をしながら楡病院の診療をも手伝っていた,chloe 財布 lily。だが専門医となった彼が養父の診察ぶりを見ていると、どうもときどき首を傾けざるを得ないことがある。基一郎の腕がわるいというのではない。養父はたしかにすぐれた臨床医であった。しかしその調子のよい口説は往々にして行きすぎになりがちのように徹吉には思えた。 基一郎は普通の診察のほかに患者の頭に聴診器をあてるのである。心臓の音や肺臓の呼吸音をきくときと同じように頭を聴診するのである,chloe 財布 人気。そして院長は自信にみちて患者に告げるのだ。「いや、君の脳はわるい。たしかにわるい。ぼくのあげる薬をのみなさい。これは日本一の薬なんだから」 もっと驚いたことに、院長はものものしく耳鼻鏡を額につけ、患者の耳の穴を覗きこむことがある。耳のわるい患者ではない,クロエ トートバッグ 新作。頭のわるい患者の耳をだ。「ああ、あんたの脳はただれている。腐りかけている。ちゃんとそれが見えている。こりゃ入院しなけりゃいけませんな,chloe 財布 新作。まあぼくにまかせなさい,クロエ 二つ折り財布。腐った脳をちゃんと癒してあげる。ぼくはねえ君、ドクトル?メジチーネでねえ、専門家、オーソリティなんだから」 早発性痴呆その他の精神病には一般に自覚が欠如している。それゆえ患者にまっとうな医学知識を説くのが正しいやり方でないのはもちろんのことだ。ときにはいい意味で患者をだますこと、妄想にかこまれている病人になんとかして医師を信頼させるようにしむけることは不可欠なことだし、意味のある口説療法なのだ。ところが基一郎はそんな必要もない普通の神経衰弱患者にも、田舎の物分りのにぶいお婆さんどころか立派なインテリの学校の先生にさえ、この流儀でおし通すのだ。そしてその結果はどうだろう、院長は断然彼らの信頼をかちえてしまうのである。まっとうな診察、正当な理論的な説明よりも、ずっと患者たちはこのカイゼル髭を生やした小男の医者を信用し、また癒りも早いのである。なんにしても不思議な人物なのだ、この楡基一郎という男は。 実際不思議な人物だとしか徹吉には思えなかった。彼は養父を以前のように尊敬もできなかったが、といって軽蔑もできなかった。たしかに基一郎には一種の力がある。その新しがり屋もわるいことではない。楡病院では新薬でも新式器具でもいちはやく取入れられるし、ジアテルミーを輸入したのは本当に日本一早かったかも知れない。だが、あのラジウム風呂は? 徹吉の知識によれば、あの浴槽の曲りくねったパイプからラジウムが発生するとはどう考えても理窟にあわなかったし、その風呂が楡病院入院案内に説明されているほどの効用があるとはとても信じられなかった。だが基一郎は得々として客にまで言うのである。「ぼくのとこのラジウム風呂にはいってみるんですな。そんな頭痛なんぞいっぺんにとれてしまうから」 --------------------------
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